大判例

20世紀の現憲法下の裁判例を掲載しています。

東京高等裁判所 昭和32年(う)1574号 判決

控訴人 原審弁護人 後藤昌次郎

被告人 秋正夫

検察官 大島功

主文

本件控訴を棄却する。

理由

本件控訴の趣意は、弁護人後藤昌次郎作成名義の控訴趣意書記載のとおりであるから、これを引用しこれに対し次のとおり判断する。

同(控訴趣意)第五点について。

所論は、公社の指定する者以外に製造たばこの販売を許さないたばこ専売法は憲法第二二条の保障する職業選択の自由を奪うもので、基本的人権の侵害にほかならない。しかもたばこは麻薬や覚せい剤と異り、専門的知識のない一般国民が自由に販売したところで、公共の福祉に反することはなく、唯財政的理由から国家がその販売権を独占しているに過ぎず、その財政的理由も国民の職業選択の自由の制限をしなければならないほど差し迫つた明らかな危険を含むものではない。しかもパチンコの景品となつたたばこはすでに、国家が税法上の利益を収めて販売されたものであるから、以後国民がどのように処分しようと全く自由でなければならない。すなわち公共の福祉に対する緊急かつ明白な危険なきにかかわらず職業選択の自由を制限したたばこ専売法は憲法第二二条に違反するものであつて、原判決は違憲の法律を適用した過誤があるというにある。

しかしながら、国が国民一般の日常生活の維持に欠くことのできないたばこ等につき専売制を布く所以のものは、その専売価格が国の租税に準じて取り扱われ、財政上の重要な収入を図るに出ずるものであることはこれを否定し得ないが、その主たる目的は、いかなる僻陬の地においても、交通至便の大都会と同一の価格をもつてこれを販売し、公衆のすべてに均等に利用する機会を与え、居住者の疎密、交通の利便、営業所の設備構造資金等を勘案して小売人を指定し購入の住民の利便になるべく差等のないように取り計い日常生活の上において変動常なき諸物価に影響されることなく安心して、これを比較的簡便に購入し得るように一般国民の福祉に寄与しようとする公益的見地に立つものにほかならないのである。従つてかような専売制を円滑に施行し、国民をしてこれを利用することに不安、不便を感じさせないようにするためには、いきおい日本専売公社法(昭和二三年一二月二〇日法律第二五五号)を制定して専売事業に関する機構、業務、会計等につき綿密な規定を設けて専売事業の健全にして能率的な実施に当らせ、たばこ専売法の如きは、たばこの種子の輸入、葉たばこの一手買取、輸入及び売渡、製造たばこの製造、輸入及び販売並びに製造たばこ用巻紙の一手買取、輸入及び販売の権能を国に専属させ、(たばこ専売法第二条。)この国に専属する権能及びこれに伴う必要な事項をたばこ専売法及び日本専売公社法の定めるところにより日本専売公社(以下公社という。)に行わせる(同法第三条。)のであつて、製造たばこの小売人は公社の指定したものでなければならないこと(同法第二九条。)に規定するなど詳細綿密な制限規定を設ける必要があるのである。もしこれを所論のように製造たばこの販売を一般国民の自由に委ねるならば、製造たばこの販売価格は時、所によつて高低の生じることを免れず、また或販売人はこれを買い占めて価格を騰貴させ、巨利を得ようと企てるやも知れず、或はこれを投売して市場価格の激変を招くやも測られず、或は製造たばこの集中、偏在を来たし、都鄙貧富を問わず一般にこれをたやすく用いることのできない事態も生ずるのであろう。かくては国民一般の不利、不安はとうてい避けがたく国民の日常生活の維持に重大な影響を及ぼすものであつて、たばこ専売法の目的とする前述の公益性は全く失われ、ひいて憲法第二二条に規定する公共の福祉も損われる結果を招くことになるから、たばこ専売法第二九条の規定はもとより同法は憲法第二二条はじめその他の条章に反するものでなく、所論はたばこ専売法の公益性を解せざる独自の見解というべく、論旨は理由がない。

(その余の判決理由は省略する。)

(裁判長判事 草間英一 判事 堀真道 判事 渡辺好人)

後藤弁護人の控訴趣意

第五点公社の指定する者以外に製造たばこの販売を許さないたばこ専売法は憲法第二十二条に違反する。職業選択の自由は憲法上の基本的権利であつて、法律によつて与えられた権利ではない。職業の選択は基本的に自由なのであつて、元来禁止されているものが法令乃至処分によつて自由になるものではない。自由に放任していては結局国民の利益に反すると認められる場合にのみ、公共の福祉という観点から制限することができるのである。たばこは麻薬や覚醒剤と異り、専門知識のない一般国民が自由に販売したところで、公共の福祉に反するということは考えられない。唯財政的な理由から国家がその販売権を独占しているにすぎない。その財政的な理由とても国民の職業の自由を制限しなくてはならないほど差迫つた明らかな危険を含むものではない。現在のような販売形態をとらなくとも十分解決されうる問題なのである。しかもパチンコの景品となつたたばこはすでに国家が税法上の利益を収めて販売されたものなのであつて、それを以後国民がどのように処分しようと全く自由でなければならない。財政上の国家目的はすでに充足されているのであつて、この処分に関し、国民の自由を制限すべきいわれは全く存しないと云わなければならない。然らば公共の福祉に対する緊急且つ明白な危険なしに職業選択の自由を制限したたばこ専売法は憲法第二十二条に反するものと云わなければならない。原判決は違憲の法律を適用した誤りがある。

(その余の控訴趣意は省略する。)

自由と民主主義を守るため、ウクライナ軍に支援を!
©大判例